Access Consciousness

どれだけのジャッジメントを持ってますか?

ジャッジメントは判断や意見、分別と言えます。いつもどれだけ「これはいい」「これは良くない」とか「あの人は間違ってる」「私が間違ってるのかな」とか・・

テレビを見てもネットを見ても人のジャッジメントに溢れています。人のジャッジをしている人は同じくらい自分のこともジャッジしているか知っていますか?

常にこれはいいだろうか、こうしたら上手くいくだろうか、これをしたら喜んでくれるだろうか?いつも頭で考えてから判断して行動していませんか?もしくは、喜びで行動している人へ「もっとよく考えてからすれば?」などと意見してませんか?

人や自分を判断しないでいればどれだけ安らかな世の中になるでしょう?

ジャッジメントのない世界になるには、どうあればいいのでしょうか。

 

良いジャッジメントと悪いジャッジメントがあるとしたら、どちらがなくなりやすいと思いますか。ネガティブな、悪いジャッジメントは、やめよう、よくなろうとするから見ていきますが、良いジャッジメントは良いと思っているからずっと持っておこうとします。それにしがみついて、変えようとしません。良いジャッジメントほど気づかずに固執しがちなのです。

自分を含め、何をしようとも何を考えても、何を言っても、全てを「へ〜〜面白いな」と流すことができればどんなことにも囚われることがありません。まるで川の流れの中の岩のようです。どんなものが流れてきても、どんな急流になろうとも、せせらぎになろうとも影響を受けることがありません。

川の流れに一緒になって流れてしまったら、速い流れの時は大変です!川からあふれてしまったらどうしましょう。

どんなことがあろうとも、自分に対して、周りに対して全てを許せるように生きていきたいものです。

すべての人がそうあれば、世界はどんなに穏やかで安らかな心に満ちたものになるでしょうか。